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良寛の窓

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良寛の詩の中には、
『窓』を織り込んだものが幾つかある。





蕭条三間屋
終日無人観
独坐閑窓下
唯聞落葉頻

もの寂しい小さな家
一日中人を見る事は無い
ただ静かな窓辺に座り
次々と落ちる落葉の音を聞いている





静かな詩だ。
落葉の音が一層静寂をかき立てる。
良寛は全てを見つめている。
庵も、孤独も、窓も、落ち葉の音も、
そしてそれを見つめる自分も。





吾生何処来
去而何処之
独坐蓬窓下
兀兀静尋思
尋思不知始
焉能知其終
現在亦復然
展転総是空
空中無有我
況有是与非
不如容些子
随縁且従容

この命はどこから来て
どこへ去って行くのだろう
小さな庵の窓の下に坐り
じっと静かに考える
考えてみても始めも分からず
終わりはなおさら分からない
なぜ今生きているのかも分からない
全ては移り変わって行くだけだ
移り変わりの中に変わらぬ自分などありはしない
ましてや何が良くて何が悪いかなど言える筈もない
だから今はこのささやかな自分を受け容れ
縁に従いしばらく過ごそう





「しばらく」とは、
この世にいる間という意味だろうか。

私が良寛に出会ったのは二十代の中頃、
東京神田の三省堂で、
今はもう絶版になってしまった岩波文庫版『良寛詩集』を買ってからだ。
それから”良寛病”に罹ってしまった。

いわゆる”良寛本”を片っ端から読んだ。
しかし最初に『詩集』から受けた印象と、
”良寛本”に描かれている良寛には大きな違和感を感じた。
それから私の”良寛探し”が始まった。
それはそのまま”自分探し”でもあった。





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坐時聞落葉
静住是出家
従来断思量
不覚涙沾巾

粗末な庵の中に座り落ち葉の音を聞いている
こころ静かに暮らすのが出家した者のあり方だ
長い間坐禅の修行をして無心になろうとしたけれど
思わず涙がこぼれてきて衣を濡らしてしまったよ





良寛は泣いている。
なぜ泣いているのか。
何かを考えているのか思い出しているのか。
ここには悟り澄ました聖人ではなく、
丸裸の良寛がいる気がする。





題波理古呂者之耳

任人擲兮任人笑
更無一物当心地
寄語人生若似君
能游世間有何事


はりころばしに題す

人が投げるがまま笑うがまま
それでも何も気にしない
もし君のように生きられたなら
世の中を楽に渡れるのになぁ





「はりころばし」は”起き上がり小法師”の事だ。
この詩は良寛自身の日常生活に対する感慨の様に思える。
良寛は「投げられ、笑われ」していたのだろう。
もし良寛が悟り澄ました聖人ならば、
こんな詩は作らなかったのではないだろうか。





・・・
児童忽見我
欣然相将来
・・・
于此打毬児
我打渠且歌
我歌渠打之
打去又打来
不知時節移
行人顧我咲
因何其如斯
低頭不応伊
道得也何似
要知箇中意
元来只這是

・・・
たちまち子供たちが私を見つけて
歓声を上げて集まって来る
・・・
そしてここで手毬をついて遊ぶのだ
私がつけば子供たちが歌い
私が歌えば子供たちがつく
皆で一緒について歌って
時間の経つのも忘れていた
道行く人が私を見て笑う
いい大人が何てざまかと
私はお辞儀をして何も言わない
言ったところで何になろう
でもどうしても言えというなら
元々こういう人間なんだ





例えばもし今の時代に近くにこんな大人がいたとすれば、
果たして世の人の尊敬を集めただろうか。
奇人、変人、
或いは危険人物扱いさえされかねないのではないか。

今は良寛が過去の人だから人々は安心して良寛を讃える。
しかし当時はそんな人は少数だったろう事が、
今に伝わるいくつかのエピソードから想像できる。
「言ったところで何になる。元々こういう人間なんだ」
これが良寛の本当の素直な気持ちなのだと思う。





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良寛にはこんな窓の詩もある。





逢賊

禅板圃団把将去
賊打草堂誰敢禁
終宵孤坐幽窓下
疎雨蕭蕭苦竹林


泥棒に入られた

この何も無い庵を物色して坐禅に使う板と座布団を持って行った
そんな物でも何かの役に立つのなら誰がこの泥棒を咎められよう
暗い窓の下で一晩中坐禅を組んでいると
まばらに降る雨が竹林で音を立てる





盗られるままに盗らせる良寛。
かつて村人に盗人の濡衣をかけられ浜に生き埋めにされかけた時も、
良寛は言い訳も抵抗も全くしなかったと伝わっている。





生涯懶立身
騰騰任天真
嚢中三升米
炉辺一束薪
誰問迷悟跡
何知名利塵
夜雨草庵裏
双脚等閑伸

昔から立身出世に気が乗らず
流れに任せて生きている
袋の中には米が三升
囲炉裏端には薪が一束
誰が迷い悟りを気にしようか
どうして名誉や富に煩わされようか
雨降る夜に粗末な家で
両足を気兼ねなく伸ばしている



迷悟相依成
理事是一般
竟日無字経
終夜不修禅
鶯囀垂楊岸
犬吠夜月村
更無法当情
那有心可伝

迷いも悟りももともと同じ
物質も法則も一つのもの
昼は言葉にならない経を読み
夜は足を組まない坐禅をする
岸辺の柳に鶯は鳴き
月夜に犬の吠える声が響く
この世の真理は五感や意識では分からない
ましてや伝える事など出来ようか



問古古已過
思今今亦然
展転無蹤跡
誰愚又誰賢
随縁消時月
保己待終焉
飄我来此地
回首二十年

昔を思うもすでに過ぎ去り
今を思えばすぐに過ぎ去る
月日は移り留まる事なく
愚人賢人空しく響く
縁に従い月日を消して
己を保って終焉を待つ
ふらりとこの地にやって来て
思い返せばもう二十年





良寛には大きな謎が二つある。
それはいつ良寛が生まれたのかと、
なぜ出家をしたのかである。

良寛の一生を考える上で最も重要と思われるこの二つが、
二つ共に分からない。
歴史学者の話によると、
江戸時代末期の名主の生まれで、
これ等の記録が無いという事は考えられないのだそうだ。

そこに何かがある。
だから良寛自身も生涯何も語らなかったのだろう。





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さて、良寛には五十代、六十代、七十代と、
同じ様な窓にまつわる詩が残されている。





回首五十有余年
是非得失一夢中
山房五月黄梅雨
半夜蕭蕭灑虚窓

五十数年の人生を思うと
良し悪し損得みな夢の中の出来事だった
この山腹の家に梅雨の雨が
夜中にしとしとと虚しい窓に降りそそぐ





寂しい詩である。
良寛は自分の人生をどう考えていたのだろうか。
虚窓に降る雨とは何ともやるせない。





六十四年夢裏過
世上栄枯雲往還
巌根欲穿深夜雨
燈火明滅孤窓前

六十四年は夢のように過ぎた
世の栄枯盛衰は雲が行き来するようなものだ
深夜に雨が岩を穿つほど激しく降っている
寂しい窓の下で灯火が風に揺れている





この詩には似たものがもう一つあって、
前半が「六十有余多病僧、家占社頭隔人家烟」
(私は六十過ぎの病多い僧、人里離れ神社の脇に住んでいる)
となっている。
窓の下で風に揺れて明滅する灯火は、
良寛の命を暗示している様にも思える。





回首七十有余年
人間是非飽看破
往来跡幽深夜雪
一柱線香古窓下

思い返せば七十数年
世間の善悪を見るのも飽きた
深夜の雪に路も覆われ
線香を立てて古い窓の下に座る





四行目の「柱」は「火偏」だが、
変換出来ないので「柱」とした。

五十代では「虚窓」、
六十代では「孤窓」、
そして七十代では「古窓」となっている。
これが良寛の心の変遷だろう。
線香の煙を見つめながら、
消えて行く自分の命を見つめていたのだろうか。





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良寛にとって『窓』はどんな意味を持っていたのだろうか。
世間と自分をつなぐよすがか、
自分の心を見つめる入口か。
窓によつて気付き、
窓によつて自分を取戻したのだろうか。

最後に良寛の『讃』を挙げてみたい。
釈迦が悟りを開き山から下りる姿を描いた絵に、
良寛が添えたと但し書きにある。





出山釈迦

去時従是去
来時従是来
去来只此道
人天眼華堆


釈迦の出山

世を捨てて去る時もこの道を通り
悟りを得て帰る時もこの道を通る
行く時も帰る時もただこの道だけ
人の世の何と迷いの多い事か





これを読んで、
蘇東坡の詩を思い出した。
静かな、
とても満ち足りた気持になる。





盧山煙雨浙江潮
未到千般恨不消
到得帰來無別事
盧山煙雨浙江潮

盧山は煙雨、浙江は潮
至らぬ時はあらゆる事に苦しんだが
至ってみれば特別な事は何も無い
盧山は煙雨、浙江は潮





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by farnorthernforest | 2013-03-18 23:20 | 日々の事について

絵と旅と日常について


by 山下康一