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山岡鉄舟の言葉

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明治維新の志士達の中で、
私が好きなのは山岡鉄舟だ。
一刀正伝無刀流を開き、
江戸無血開城の陰の立役者であり、
西郷隆盛をして、
「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、
そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」
と言わしめた人物だ。

二十代の半ば、
夢中になってこの人に関する本を読んだ。
最近また思う所あって、
昔を思い出しながら読み返している。





鉄舟は23歳の時にこう言っている。



予の剣法を学ぶは、
ひとえに心胆錬磨の術を積み、
心を明からしめもって己れまた天地と同根一体の理、
果して釈然たるの境に到達せんとするにあるのみ。



また45歳ではこう語る。



予の剣法や、
ひたすらその技をこれ重んずるにあらざるなり。
その心理の極致に悟入せんと欲するにあるのみ。
換言すれば、
天道の発源をきわめ、
併せてそのようほうを弁ぜんことを願うにあり。
なお切言すれば見性悟道なるのみ。





これは村上華岳の絵に対する姿勢に良く似ている。



実は私は絵なんかどうだっていゝ、
描けなくてもかまはないと考へます。
若し世界の本体を摑むことさへ出来れば、
それが一番大切なことです。
それがしっかり自分のものとなったなら絵が描けなくても詩が作れなくてもいゝ、
その人はそれで生命の目的を果し、生活の意味を実現し、
そして大きな宇宙の意志と一つに融合することが出来たのですから。
私が仏像を描いてゐるのは、
そこへ到達する修業に過ぎません。



また中川一政はこう書いている。



芸術家は感情から、学者は知識から、宗教家は意志から、
おのおの入りゆく所のものは違う。
けれども真の人間は一人で三者を具備し、
そして高き調べをなしている。
入口にまごついて一生を終えるのは今の芸術家、宗教家、学者である。
・・・
大抵の画かきは少し勉強すれば門前までは来るのである。
そこで遊んで帰って行く。
門の中へははいって来ない。
門の中にどんな世界があるか知らないで帰って行く。
昔の坊主の求道心にくらべれば求道心がないと云わなければならない。



どちらも晩年には「上手い」とか「美しい」といった言葉では決して捉えられない、
何か巨大な壁の様な或いは聳え立つ山の様な絵を描いた。





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山岡鉄舟は相手に向かう時の心得を、
この様に書き記している。



剣法修行の根源は、
敵に対しすこしも隙なきを専一とす。
隙とは如何。
敵を打たんと思い、
われ打たれじと思う念おこるを隙という。
この念はすなわち妄念なり。
念は本来無念にして、
明鏡には一点の曇りなきがごとし。
しかれども一念おこれば、
鏡のなかに物の影を映すがごとし。
影を映せば明鏡の曇りたるとおなじ。
明鏡も曇りたれば影は映らず。
これを敵にむかいて、
打たれじ打たんと思う無明の妄念という。
かくのごとくいうときは、
敵前におなじく立てると思えどもさにあらず、
打てばはずし、
突けばひらくの理、
敵に対すればおのずから具足せずということなし。
これ自然の妙理にて、
思慮分別をを用いず、
勝を制するの妙理なり。
人、この妙理を悟得すべし。



この言葉で思い出すのは、
徳川家光の剣術指南役、
柳生新陰流をあみだした柳生宗矩と、
禅僧・沢庵とのやり取りである。

沢庵は宗矩に、
切りかかって来る相手の太刀を見て、
それに自分の太刀をあわせようとすれば相手の太刀に心が止まり、
自分の太刀に心を置けば自分の太刀に心が止まる、
だから前後左右、心は自由自在に動きながら、
しかもどこにもとらわれない心を持て、
「応無所住而生其心(まさに住する所無くその心を生ぜよ)-金剛般若経-」
と説いた。
そうでなければ複数の相手と同時に戦う事など到底出来ない。
(不動智神妙録)



これらは皆絵についても言えると思う。
再び中川一政の言葉だ。



見える境地は自由自在である。
光りゆくものの如く、
延びゆくものの如く。
楽しいと思って絵をかく人は平行する。
表面ばかり撫でていなければならない。
苦しんでかく時は反撥する。
無理な力であるからである。
見える境地にいるとき、
拙ない一筆触、
一色彩の間にも神の恩寵がひそむ。
力と光はそこから発する。

顔料と画布が見えている時は、
いまだ溶合の境地ではない。
鍋蓋で防ごうと前から用心していたら、
敵の太刀は防げない。
鍋蓋に眼がくらむからである。
くらむ心は隙である。
画をかく事にもこの事は云える。
(写生道)



また芭蕉はこう言っている。



学ぶことはつねにあり。
席に臨んで文台と我と間に髪をいれず。
思う事すみやかに云出でて、
ここに至りて迷う念なし。
文台引きおろせば即ち反古也。
(三冊子)



こういう言葉を読んでいると、
私の道はまだまだ遠いと言わざるを得ない。
しかしこういう先人達の言葉に触れると、
絵がただの芸事・遊び事ではなく、
一生を懸けるに値する仕事であると勇気づけられるのである。





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by farnorthernforest | 2013-03-19 22:33 | 絵の事について

現代風景画家 山下康一のブログ


by 山下康一