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片雲の風

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春が段々近づいて来ると、
旅の事を考えそわそわとしてくる。
冬の間温めていた制作の為の、
取材の旅が心を浮き立たせる。



「月日は百代の過客にして、
行きかふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、
馬の口とらへて老をむかふる者は、
日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。」



『奧の細道』のこの冒頭部分を初めて読んだのは、
何年生だったか中学の国語の教科書だった。
衝撃を受けた。
学校が終わってすぐ本屋に走り、
全文が載っている文庫本を買った。
その本は今では中まで茶色く変色したが、
手元にあって現役である。



「予もいづれの年よりか、
片雲の風にさそはれて、
漂泊の思ひやまず、
海浜にさすらへ、
去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、
やゝ年も暮、
春立る霞の空に、
白川の関こえんと、
そゞろ神の物につきて心くるはせ、
道祖神のまねきにあひて、
取もの手につかず。」



芭蕉の旅に心浮き立つ様子が良く分かる。
芭蕉の紀行文は執筆順に、
『野ざらし紀行』『鹿島紀行』『笈の小文』『更科紀行』、
そして有名な『奥の細道』がある。
『野ざらし紀行』の最初には、

野ざらしを心に風のしむ身かな

とこの旅の覚悟を詠う。
”野ざらし”は行き倒れの象徴である。
そして次の段では「捨子を悲しむ」と題してこう記す。



「富士川の辺を行に、
三ッばかりなる捨子の哀げに泣あり。
此川の早瀬にかけて、
浮世の波をしのぐにたへず、
露ばかりの命まつ間と捨置けむ、
小萩がもとの秋の風、
こよひやちるらん、
あすやしをれんと、
袂より喰物なげてとほるに、
  猿をきく人すて子にあきのかぜいかに
いかにぞや、
汝ちゝににくまれたるか、
母にうとまれたるか。
父はなんぢを悪にあらじ、
母は汝をうとむにあらじ。
唯是天にして、
汝が性のつたなきをなけ。」



”すて子にあきのかぜいかに”
俳句など何の役にも立ちはしない。
子供一人救えないではないか。
”唯是天にして汝が性のつたなきをなけ”は、
”野ざらし”を心にした芭蕉自身に言っている言葉だろう。
ここで芭蕉は一つの覚悟を決めた。
それは後の『柴門辞』にはっきりとこう書かれている。

「予が風雅は夏炉冬扇の如し。衆に逆ひて用ふる所なし。」

芭蕉の文章は優れた芸術論だと思う。
それはそのまま絵にも通じる。
『笈の小文』にはこうある。



「・・・
かれ狂句を好こと久し。
終に生涯のはかりごととなす。
ある時は倦て放擲せん事をおもひ、
ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、
是非胸中にたゝかふて、
是が為に身安からず。
しばらく身を立む事をねがへども、
これが為にさへられ、
暫学で愚を暁事をおもへども、
是が為に破られ、
つゐに無能無芸にして、
只此一筋に繫る。」



”かれ”とは勿論芭蕉自身である。
これは芭蕉の心の遍歴だ。
これまで散々迷って来たが、
もうこれ以外に生きる道は無いと腹を決める。
そして高らかにこう宣言する。



「西行の和歌における、
宗祇の連歌における、
雪舟の絵における、
利休の茶における、
其貫道する物は一なり。
しかも風雅におけるもの、
造化にしたがひて四時を友とす。
見る処、
花にあらずといふ事なし、
おもふ所、
月にあらずといふ事なし。
像花にあらざる時は夷狄にひとし。
心花にあらざる時は鳥獣に類。
夷狄を出、
鳥獣を離れて、
造化にしたがひ造化にかへれとなり。」



『許六離別詞』にはこうある。

「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ。 」

西行、宗祇、雪舟、利休の求めた所が芭蕉の夢だった。
またこの文章は、
セザンヌの言葉「第一の師は自然、第二の師はルーブル」を彷彿とさせる。
これらを読めば芭蕉の俳諧が芸事などでは決してなく、
命懸けの仕事だった事が良く分かる。

芭蕉の句にも文章にも、
どこか背後に生死(しょうじ)を俯瞰した様な視線を感じる。
それ故に芭蕉の文章は優れた芸術論なだけではなく、
優れた人生論でもあると思うのである。

芭蕉は俳諧も旅も人生も分けて考えてはいない。
ここでも”其貫道する物は一”と思っていただろう。
漂泊の思い止み難く、
片雲の風に誘われて、
芭蕉は切なる五十年の生涯を生きた。





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by farnorthernforest | 2014-03-08 22:11 | 旅の事について

制作や旅や登山についてなど。


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