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師子相伝という事




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かつて信州の中部地域に、
東京生まれの奥田郁太郎(1912〜1994)
という画家がいらっしゃいました。
安井曾太郎門下のホープと呼ばれ、
30歳そこそこで一水会の運営委員を任され、
「安井曾太郎の画風を最もよく継承している」
と大変高く評価されていました。

初めはスケッチで信州を訪れた様です。
その後今の大町市に居を構え、
しかしやがて一水会も日展も退会し、
安井曾太郎に会う事も連絡する事もなく、
大町から白馬、松本、麻績へと、
逃げる様に隠れる様に移り住み、
最後は極貧の内に亡くなりました。

私は直接お会いは出来なかったのですが、
作品を見て資料を読んだり、
当人を良く知る人のお話を伺ったりすると、
その人生については皆一様に、
「何故だか全くわからない」
と言うのでした。
しかし私は想像しています。
彼は「安井曾太郎の継承者」ではなく、
自分の絵を描きたかったのだと思います。

日本では例えば誰か巨匠の名を出して、
「あなたの絵はまるで誰々のようですね」と言えば、
それはまず間違いなく大変な褒め言葉になります。
しかし人間本来の意味からすれば、
誰かに似ているという事はまだまだ未熟だという事です。
奥田郁太郎は安井曾太郎ではない事に気付いたのでしょう。







もうかれこれ20年くらい前の話になります。
海外で知り合ったアート好きの人が日本に来た時の事です。
その時上野の美術館でちょうどやっていた、
有名な団体展を一緒に観に行きました。

会場に入ってすぐに、
「これは本当にアートか?」
会場を少し廻った所で、
「どうして皆同じ絵を描くのか?」
そしてとうとう、
「日本の現代美術はもういい。博物館へ行こう」
と会場を出て来てしまいました。

まるでお手本があるかの様などれも似た作風は、
オリジナリティを第一にする彼らには退屈でした。
彼らにとっては「日本の頂点」と呼ばれる展覧会も、
お手本に習ったカルチャー教室の発表会に見えたのです。







皆さん良くご存知の「拈華微笑」の故事があります。
釈迦が弟子たちに小さな花を指でつまんで回して見せ、
弟子たちが意味が解らずポカンとしている中を、
迦葉だけがにっこり笑ってその意味を理解し、
釈迦は迦葉を後継者として認めたという話です。

釈迦は何を伝えたかったのか。
迦葉は何を理解したのか。
別の例を引いてみます。
『臨済録』にある臨済最後の場面です。



師、遷化に臨む時、坐に拠って云く、
吾が滅後、吾が正法眼蔵を滅却することを得ざれ。
三聖出て云く、争でか敢えて和尚の正法眼蔵を滅却せん。
師云く、已後人有って儞に問わば、
他に向かって什麼と道うや。
三聖便ち喝す。
師云く、
誰か知らん、吾が正法眼蔵這の瞎驢辺に向いて滅却せんとは。
と言い訖って、端然として示寂す。

亡くなる間際、臨済は坐禅してこう言った。
「私の死後、私の教えを失くしてはならぬぞ。」
三聖が進み出て言った。
「どうして師の教えを失くしたりしましょうか。」
臨済は言った。
「もし私の死後に誰かが問うたならばどう答えるか。」
三聖は大きく「喝!」と叫んだ。
師は言った。
「何と言う事だ。私の教えがこの盲ロバで終わってしまうとは。」
言い終わると臨済は端然として亡くなった。



「喝」は臨済の教え方の登録商標です。
弟子の三聖は師の今際の際にそれを真似して見せました。
得意げな様子が目に浮かぶ様です。
ところが臨済は自分の教えが既に途絶えている事を知ったのです。

これについて岩波文庫版『臨済録』の解説では、
訳注者の入矢義高氏がこう書いています。



「平心に読めば、まさに落胆の歎息であるが、
しかし宗代ではほとんど例外なくこれを高い趣旨に取って、
三聖に法を託したものとさえする。
・・・
この『遺言』を高次の意味に解するためには、
しかし多くの言辞を費やさねばならず、
たとい宗代における臨済禅展開の歴史を視野に入れても、
いささか強弁に傾くことを免れ得ない。
注を加えなかったゆえんである」



これは極めて周りを慮った書き方です。
しかしどう書こうととどのつまりは、
臨済の教えは弟子には伝わらなかったのです。
師から弟子へ法が伝わるのは大変稀です。
何故ならただ言葉や形だけ師を真似ても、
大切な事は伝わらないからです。

拈華微笑も臨済の臨終も、
それらは皆真実を指し示す矢印でしかありません。
矢印で大切なのはそれが指し示す先です。
矢印をいくら詳細に研究しても、
それは矢印の研究でしかないのです。

どれ程たくさんの本を読んでもここを理解しなければ、
それは矢印のコレクションにしかなりません。
指し示す先を知るのには矢印は一つあれば良いのです。
良寛はこう言いました。



縦読恒沙書  たとえ数えきれない程の本を読んでも
不如持一句  一つの言葉を持つには及ばない
有人若相問  もしその意味を問う人があれば
如実知自心  ありのままの自分を知りなさい












by farnorthernforest | 2018-06-06 23:34 | 日々の事について