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ゲルハルト・リヒター展を観る




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東京国立近代美術館にゲルハルト・リヒター展を見に行きました。
リヒターは1998年以来世界の美術館で観て来ましたが、
日本で観る機会は余りないので貴重だと思います。



リヒターは「現代美術の最重要人物」と言われて来ました。
今回の展覧会のパンフレットにも同様の事が書かれています。
その理由抜きに観てもただの訳の解らない絵になるでしょう。
しかしなぜ「現代美術の最重要人物」なのかについては、
会場には一切説明がありませんでした。
音声ガイドを借りれば解説していたのかも知れませんが、
私はそういうものを借りた事がないのでわかりません。
公式ホームページには5行だけ(デスクトップPCで見た場合)
解説がありました。

「リヒターは油彩画、写真、デジタルプリント、
ガラス、鏡など多岐にわたる素材を用い、
具象表現や抽象表現を行き来しながら、
人がものを見て認識する原理自体を表すことに、
一貫して取り組み続けてきました。
ものを見るとは単に視覚の問題ではなく、
芸術の歴史、
ホロコーストなどを経験した20世紀ドイツの歴史、
画家自身やその家族の記憶、
そして私たちの固定概念や見ることへの欲望などが
複雑に絡み合った営みであることを、
彼が生み出した作品群を通じて、
私たちは感じ取ることでしょう。」
(東京国立近代美術館『ゲルハルト・リヒター展』公式ホームページより)

私が墨絵を描きながら気がついた事は、
正にこの点についてでした。
徹底した塗り残しはこの事の別の表現です。
モチーフを描かずに表現する。
それは実在の不在、
つまり認識とは何か、
もっと言えば現実とは何かという問いです。

私が墨絵を描く上で最も参考にしたのは、
哲学史と心理学、
新旧の聖書と仏教経典、
そして量子物理学の成果です。

若い頃から見て来たリヒターの作品は、
後述するポロックやロスコと同じく、
現代という時代が内包する問題への認識と、
私の抽象画の眼を開いてくれました。

しかし私は紙に水を使う水彩画や墨絵に、
表現の可能性を感じました。
過去に様々な画材や材料を使い、
抽象画とオブジェだけの個展を二度開いた事がありますが、
今は具象的なものに戻っています。

リヒターの絵は抽象画はもちろん、
具象画も普通の昔からある絵とは全く違います。
それは先の解説にあった、
「人がものを見て認識する原理自体」をコンセプトとしているからで、
そこをしっかり理解していないと作品の謎解きは出来ません。

一般に芸術作品は写真でその真意を汲み取るのは困難です。
私のモノクロの墨絵でさえ、
印刷やネット画像では一番大切なものが再現されていません。
そして作品には大きさにも意味があるので、
大きな作品を小さな印刷物で観ても、
作者の意図は伝わらないと思います。

概して日本人は抽象画を「解らない」と避ける傾向があります。
それはかつて私も同じで、
日本で生まれ日本の教育と文化の中で育ちましたから良く解ります。
思い出すのは若い頃に海外美術館行脚に出て、
ニューヨーク近代美術館でポロックの大回顧展を観た時と、
ワシントンDCのフィリップ・コレクションで、
ロスコの部屋を観た時の事です。

当初私は抽象画は教養程度の知識で良いと思っていました。
しかし実作品を間近に観てとんでもなく大きなショックを受け、
それではいけないと思いました。
現代に生きているのだから、
現代の問題を作品にしなくて何の芸術だと思ったのです。
抽象とか具象とかの区分けではなく、
現代の生の(切実な)芸術を作るのが芸術家の仕事だと気がつきました。

日本の絵画は実質的には伝統工芸です。
過去からの描き方の決まりが最重要視されるからです。
そのために今もたくさんの人達が定石を学び技術を磨いています。
時にはその時代の話題をモチーフとして扱う事はありますが、
伝統を踏襲していなければ認めない仕組なので、
既成の枠内(コンセプト)に話題を取り込んだ程度の事では、
時代の本質を認識する事も社会を変える事もありません。

芸術が時代の本質をえぐり出して世界を変えた一番解りやすい例は、
デュシャンの「噴水/泉」でしょう。
しかしこういう事は残念ながら今の日本では難しいでしょう。
これは日本人アーティストのレベルが低いからではなく、
先に書いた日本の作品を評価する仕組の問題です。
しかし海外で評価されれば日本の基準に合わなくても認めますので、
日本人作家の逆輸入という現象が起こるのです。



今回の展覧会は回顧展ではないので、
過去の重要作品はほとんど来ていません。
ですのでなぜ「現代美術の最重要人物」なのかについては、
初めて見る人にはおそらく何の事か解らないでしょう。

私自身は海外の美術館で実作品を観て学んだので、
可能ならそれが一番です。
写真では何の事か解らなくても、
実物を見れば一目瞭然というのはよくある事です。
しかしコロナになってそれもすぐには出来なくなりました。

私は芸術を志す人には海外の美術館へ行く事をお勧めします。
例えば印象派がどれほど革命的だったかという事は、
絵画の歴史を順番に観ているだけでとても良く解ります。
私の様に美術の専門教育を一切受けていない者でも解るのです。
ただの「やさしく癒される絵」ではないのです。

印象派絵画を「やさしく癒される絵」としてではなく、
絵画の革命だった事に焦点を当てた展覧会は、
私の知る限り日本で行われた事はないと思います。
ですから是非海外の美術館で学んで欲しいのです。
なぜなら人類の美術史を通観出来る美術館は日本にはなく、
また歴史的重要作品はほとんど日本には来ないからです。



写真撮影が可能だったのでいくつかの写真を掲載します。
20〜21世紀という時代がはらんで来た問題について、
そしてこれからの問題について、
何かしらの参考になればと思います。
人間は何をどう認識して来たのか。
認識とは何か、
現実とは何かです。

今回の展覧会を観ながら、
私はこれまでして来た事と、
これからすべき事を再確認していました。
リヒターは今年90歳だそうです。
時代は休む事なく変わっています。
必ず次の時代のコンセプトが必要になります。
それが私の仕事です。









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『不法に占拠された家』(部分)

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『モーターボート(第1ヴァージョン)』

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『グレイの縞模様』(部分)

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オイル・オン・フォト・シリーズ

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『アブストラクト・ペインティング』(部分)

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『ビルケナウ』(部分)



















by farnorthernforest | 2022-06-25 17:28 | 絵の事について

現代風景画家 山下康一のブログ


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