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ジャパンタイムズの記事




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33歳の時に山下康一は定職を辞して、生活資金をアーティストになるために投資した。
それは自分が人として何が出来るかを知る助けになったと言う。(写真右下の説明文)



連載『20の質問』山下康一編
「私のアートは思考と感情の背後にあるリアリティを表現する事」
ライター:フランチェスコ・バセッティ



ある審査員が山下康一にこう言った、「色を使え」。
しかしこのアーティストは日本の山々の厳しさと威厳を、
白と黒で表現する事を選んだ。

アート・コミュニティが忌避する独学スタイルと、
古来の因習に囚われない墨絵のテクニック。
山下康一(57)は日本の印象的な山々の厳しさと威厳を、
際立ったモノクローム絵画で創造する。
そのほとんどは彼がかつて登った山々である。

山下は今も山々の頂や稜線に魅了され続け、
目の前にあるそれらのエッセンスを正確な筆致で再現する。
その過程において禅の教えと経験によって見出した、
思考と感情の背後への冒険に観る者を誘い、
新しい価値とパラダイムをアートを通して構築させる。



Q1:あなたと山の関係は?

母が群馬県の山間部の出身で、
子供の頃から母の実家近くの里山で、
木や岩に登ったり川で泳いだりして遊びました。
とにかく自然が好きでした。


Q2:今でも山に登っていますか?

10代と30代の頃は狂った様に山に登っていました。
あの頃の私は若くてとてもパワフルでした。
今はほとんど登らなくなりましたが、
今でも山を全身で感じる事が出来ます。
絵を描いている時は、
描きながらその山を登っています。


Q3:どの様にしてアートに興味を持ったのですか?

高校生の頃はカメラを持っていなかったので、
山で見ている風景や地形を記録するためにスケッチをしていました。
その時はそれがアートに繋がるとは思っていませんでした。


Q4:あなたはアーティストの家系ですか?

私の家系にアーティストはいません。


Q5:誰があなたにデッサンやスケッチの方法を教えたのですか?

独学、つまり自分で試行錯誤しました。
そしていつも新しい技法を試していました。
例えば高校生の頃は山道具の絵をよく描いていたのですが、
マンガを描く時のペンの先を砥石で研いで針のように尖らせ、
そこに墨を付けて無数の点で表現していました。
これは新聞の写真を拡大すると点の集まりだと判り、
それを真似したのです。


Q6:今までどんなアーティストに影響を受けましたか?

アートに対する哲学とアプローチは、
岡本太郎と中川一政に多くを学びました。
岡本太郎からはアートは新しい価値の創造である事を学び、
中川一政からは絵はその人の生き方そのものであり、
武道や禅に似ている事を学びました。


Q7:いつアーティストになろうと決意したのですか?

33歳の時に定職を辞して退職金全てを外貨に換え、
アメリカとヨーロッパの主要美術館を4ヶ月掛けて訪ね、
その土地をスケッチして回りました。
それがターニング・ポイントでした。


Q8:何故そんな大胆な決断をしたのですか?

大学を出て10年間は会社に勤めて社会常識を学びましたが、
それを一生続けるつもりはありませんでした。


Q9:どうして海外へ行こうと思ったのですか?

絵を始めて最初の頃はコンテストに応募していました。
そこでは皆さん大変伝統的な描き方をされていて、
私はそこで絵の先生や先輩方から「絵はこう描かねばならない」と、
描き方の決まりを教わりました。
しかし何故そう描くのかと尋ねると、
どなたも納得出来る答えを下さらなかったのです。
その時私は日本を離れて世界の有名な美術館を訪ね、
歴史上の傑作をこの目で直接観なければならないと思ったのです。


Q10:今でもコンテストに応募していますか?

いいえ、
あるコンテストに墨絵を出品した時、
審査員の先生に「色を付ければもっと良くなる」と言われ、
以来コンテストに出品するのは止めました。
同じコンセプトで描く事が前提の日本では、
私の墨絵は理解されないと解ったからです。


Q11:世界を回った経験があなたのアート概念を作りましたか?

はい、その通りです。
私は日本で言われた絵の描き方のルールが理解出来ませんでした。
しかし実際に世界を回ってみると、
アートは全く自由であり、
新しい価値やパラダイムを作り出す事が
アートの根本だと体で理解したのです。
ですからコンセプトこそがアートの本体で、
作品はその解説図なのだと学びました。


Q12:独学という方法はあなたのユニークな表現にどう役立ちましたか?

独学だからこの表現に辿り着いたと思います。
最も難しかったのはコンセプトを確立する事で、
それが確立する事で作品スタイルも確立しました。


Q13:何がそれを助けたのですか?

絵を始めた当初、
私は自然の中に見る無常感と無限感を表現したいと思いました。
しかしその頃はそれが何かが解りませんでした。
その探求が私のアートの軌跡でした。


Q14:あなたのアートの背後にある哲学またはコンセプトは何ですか?

全てのものは移り変わると同時に何も変わらない。
これは言葉の上では矛盾です。
しかし私はこの二つは一つで同じ事なのを理解しました。
これを言葉で説明するのは難しい。
何故なら言葉は思考の領域に属し、
一時的な申し合わせというのがその性質だからです。

私は雪山や雲や川を描かずに塗り残して表現します。
つまり主題を描かずに表現するのです。
あなたが離れた所から絵を観た時は、
あなたは主題をはっきりと認識する事が出来ます。
しかし絵に近づけば主題は描かれていないただの紙の地で、
そこには何もない事が判ると思います。
つまり実在の在不在の本質を問うのが私の墨絵のコンセプトです。


Q15:禅はコンセプトを深化させましたか?

それについてはYesともNoとも言わなければなりません。
何故なら禅は思考ではなく直感や洞察だからです。
思考する事や説明する事は脳という一つの器官の仕事ですが、
禅はそれより遥かに大きな、
全てを包含するものだからです。


Q16:あなたの作品スタイルは時と共に変わりましたか?

絵を始めた最初の頃は、
技法書などで学んだ色遣いや構図法で油絵を描いていました。
その後透明水彩の薄い色の層を重ねて仏教の五蘊仮和合、
つまりその時その時の一時的な組み合わせでこの世界がある、
その世界観を表現しようとしました。
そして墨絵を描く様になって更にコンセプトが変わりました。
私は思考と感情のその背後にあるリアリティの探求を始めました。


Q17:何が色の有る絵からモノクロームの墨絵に転向させたのですか?

若い頃の世界美術館行脚の途中、
スペインのマドリッドでピカソの『ゲルニカ』を観ました。
展示されていた大きな部屋には、
この壁画を描くためのたくさんの習作も一緒に展示されていました。
それらの習作には最初は色が有りましたが、
最終的には白と黒だけで『ゲルニカ』は描かれました。
色の有る絵には赤い血しぶきを上げて叫ぶ人が描かれていて、
それは「戦争の悲惨さ」を伝えていました。
しかし白と黒のモノクロームになると、
それが「人間の愚かさ」に表現の次元が昇華していたのです。
色を使って山を描くと山は優しく美しいものになります。
しかし私は山々の持つ厳しさ・威厳を描きたかった。
ピカソの『ゲルニカ』は私にその可能性を教えてくれました。


Q18:墨絵を描くに当たり難しかった事は何ですか?

背景のマットな黒を作るのが最も難しかった事です。
技術書や画集を調べ、
美術館で過去の巨匠の作品を実際に観たりしたのですが、
エアブラシを使う方法以外に、
歴史的にやっている人がいませんでした。
しかしエアブラシの黒は私の求める黒ではなかったのです。
そこで3年程試行錯誤を重ね、
中程度の黒を何度も何度も塗り重ねる事で、
このマットな黒を作り出しています。


Q19:再び色を使った作品に戻りますか?

このコロナ禍は私に試行錯誤の時間と、
色に対する更なる理解を与えてくれました。
色は感情につながり、
モノクロームは感情の領域を超えます。
私には色彩もモノクロームもどちらも大切な要素です。


Q20:作品をどの様に観てもらいたいですか?

それは観て下さる方にお任せします。



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The Japan Times は日本で最も古い、
在日外国人向け英字新聞の全国紙です。
今回紙面の半分を使って記事にして下さいました。
本当に有難い事です。

今回取材して下さった、
ライターのフランチェスコさんの質問の鋭さ深さ、
そして真剣さには本当に心打たれました。
3時間もの間絵を観て戴き、質問を受け、説明し、
そして更により深い質問から会話が発展し、
とても楽しい時間でした。

取材後すぐにフランチェスコさんが
ご自身のツイッターに投稿して下さいました。


A great pleasure to visit @koichiyamashita's latest
exhibition Nagano where I had the chance to learn
more about the philosophy behind his work. For
anyone who loves art or the mountains I encourage
you to visit him at the beautiful Gallery Kinasa.

山下康一の最新の個展を長野に訪ね、
彼の作品の背後にある哲学を学ぶ機会を得た事は
大きな喜びであった。
私はアートや山を愛するどんな人にも、
美しいギャラリー鬼無里に彼を訪ねる事をお勧めする。


そして取材中ずっと写真を撮り続けて下さった、
同じくライターのマラ・ブディンさん。
お二人に心より感謝申し上げます。

記事で取り上げられている私の独学の詳細や、
海外で個展をする様になった経緯などは、
随筆集等に詳しく記してありますので、
ご興味が有ればそちらをご覧戴ければ幸いです。

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右:フランチェスコ・バセッティさん。
中央:マラ・ブディンさん。



















by farnorthernforest | 2022-10-31 23:47 | お知らせ・今後の予定

制作や旅や登山についてなど。


by 山下康一