人気ブログランキング | 話題のタグを見る

信州の二人の俳人




信州の二人の俳人_e0273524_11491807.jpg







信州にかつて二人の俳人がいました。
小林一茶と井上井月(せいげつ)です。
一茶は有名なので説明は要らないと思いますが、
井月は恐らくほとんど知られていないと思います。

私が初めて井月を知ったのは、
30年くらい前に出た、
復刻版のつげ義春の漫画でした。
そして偶然図書館の倉庫で、
戦前に発行された井月の本を見つけたのです。

文字全てが旧字体で、
印刷も不明瞭な所が多々あり、
当時読むのにとても苦労しました。
今は井月関係の本はたくさん出ています。



一茶の句ですぐに思い出すのは、

われと来て 遊べや親の ない雀
やせ蛙 まけるな一茶 これにあり
名月を とってくれろと 泣く子かな

一方、井月の代表作は、

ふるとまで ひとにはみせて 花曇り
落ち栗の 座を定めるや 窪溜り
どこやらに 鶴の声聞く 霞かな



両者の句には共通の語の句がいくつかあり、
比べてみるととても面白い。

春雨や 喰れ残りの 鴨が鳴く (一茶)
春雨や 心のままに ひじ枕  (井月)

目出度さも 中位なり おらが春
目出度さも 人任せなり 旅の春

我が里は どうかすんでも いびつなり
見るものの 霞まぬはなし 野の日和

見かぎりし 古郷の山の 桜哉
旅人の 我も数なり 花ざかり

慾ばりの ぼんのくぼへも 桜哉
世を捨てし 身にも慾あり 夕桜



この二人の句を読み比べると、
様々な感情が湧き起こります。
私は幼い頃は皆と同じ様に一茶が好きでしたが、
青年期には井月に憧れました。
今はまた違う感慨を覚えます。

一茶は1762年、
今の長野県上水内郡信濃町生まれ。
15歳で江戸に奉公に出て、
20代で俳諧師として頭角を現し、
40代で俳句で生計を立て、
51歳で故郷に戻り妻子を持つも不幸が続き、
1827年65歳で没。

一方井月の出生には定かな記録がなく、
1822年越後長岡藩(長岡市と新潟市を管轄)
の生まれとされていて、
江戸末期に信州伊那谷に現れ放浪生活を送り、
1886年12月に行き倒れているところを発見され、
地元の人に看病されるも、
翌年1887年(明治20年)2月に66歳で没。



















by farnorthernforest | 2024-02-19 14:48 | 日々の事について

制作や旅や登山についてなど。


by 山下康一